⇒顕彰会会報寄稿
 寄稿
 
 『東遊漫録』を携えて神辺界隈へ
       塚本 照美
  
 頼山陽の『東遊漫録』を詠む機会があった。安芸の国を出発した頼山陽が目にした景色や詠んだ漢詩に興味を持ち、昨年の夏、竹原、神辺・尾道へと足を運んだ。

一、『東遊漫録』とは
 『東遊漫録』は一八歳の頼山陽が叔父の頼杏坪につれられて、はじめて江戸までの旅をしたときの日記だ。
この書物について富士川英郎氏は『東遊漫録』の「解説に代えて」で次のように述べている。

 寛政九年(1797)三月十二日。十八歳の頼山陽は叔父の頼杏坪に連れられて、郷里の安芸国広島を立って江戸に向かった。
頼杏は蓺藩の世子浅野斎賢の侍読として江戸勤務となったため、山陽は幕府の学問所であった昌平黌に入学するためであった。
~単に昌平黌に入学させるためというばかりでなく、山陽が父母の膝下を離れ、異郷にあって規則正しい生活をしながら勉学に専念することによって、鬱病を克服することを、その主な目的としたものであったと思われる。
とある。実際、山陽は寛政五年の十五歳になったころから鬱病の症状を表し、この頃は発作に襲われていたらしいことが、母梅颸の日記に書き付けてあった。

 山陽は須磨古関、逢坂古関・膳所城も過ぎ、美濃大垣の辺りから東海道に入り、江尻・府中を過ぎ、箱根山を越え、川崎、品川に至りて、四月十一日に江戸についた。
その後一年間、この大都に滞在して、聖堂の学問所に入り、尾藤二洲や服部栗斎の教えを受けたが、この間の生活の詳細は分かっていない。おそらく所期の目的を十分果たせなかったのではないかという説があるが、翌寛政十年四月四日、再び叔父杏坪に従って江戸を立ち、五月十三日に安芸の国の父の家に帰ったのである。

二、『東遊漫録』にみる「神辺」「尾道」の記載。
 三月十二日、叔父杏坪と安芸の国広島を立った山陽は、十二日に竹原に到着し、十三、十四日と竹原に滞在する。十五日に竹原から舟に乗り、忠海におもむき、忠海で上陸し、陸路尾道へ。そして尾道に宿をとる。
『東遊漫録』の中で山陽は尾道界隈を次のように記している。

  十六日:尾道は繁華の処なり。地、海浜にして、向に呼ば応ふほどの長き島あり。通り亘る事三四里。其間の海、大きなる川を見るごとし。船の入り来る処せまくして、泊する処ひろし。実に天設の大湊也。此尾道にて吾国の封彊尽く。 
十七日(前略)尾道より舟を発す。千光・天龍寺・西国寺等の楼閣。市の後の山腹に高く聳たるも瞻る。
千光寺尤も高し。十丈ばかりの水精石の六角なるが塔の上に突立す。
昔唐人夜光を望見て、此石中より玉を取り出すと言ふ。故に尾道、別名玉の浦と云う。
という二行の割書きがあり、千光寺も絵が描かれた数枚の風景スケッチがある。

さらに同日の欄には
尾道の千光寺を遠く眺め、さらに舟を進め、神辺へと進む。
  今津より舟を捨、帽子がたほを背指して行。此処地卑く、連日の雨に平田水みなぎり、遥の山際迄渺茫たる中に、黄菜花、麦苗等の浮出たる景奇也。
これを遥に隔て、福山城の天守聳えたるを望み、芦田川を渡り、神辺に宿す。
山陽に隠れなき菅太中中といへる父執の家を問ひて、其別荘黄葉夕陽村舎と言に宴を設けて,終夜実話を聞く。田の中の舎にて、此夜は月さへて景よし。門人に命じて横笛を吹かしむ。雅興いはんかたなし。

と、船から眺めた尾道の風景に続き、神辺についた様子が記載され、今と変わら黄葉夕陽舎の挿絵には。
夕陽黄葉/村舎図  
この後に/大川あり
此所に/神辺駅/あり/本宅は/駅中/也

の書入れがある。母に送った『東遊日記』にも
  十七日 晴 川尻河漲ル。陸行スルヲ得ズ。故ニ尾道自リ舟シ,而シテ今津ニイタリ、神辺ニ至ル。礼卿兄弟歓迎ス 
とある。
さらに、『東遊漫録』の十八日の欄には
十八日 神辺を発す 家叔の同道の両士 広島より此所迄後を 追来りて此駅より程を同して行 先日巳に此約をなし置たる也 
此日少し陰る 七日市川急流なれは台(臺)にのり渡る 備後備中の界ひの矢掛駅に宿す 

とあり、『東遊日記』にも
十八日 朝、長・服二氏ト与合ス。神辺自リ七日市川ヲ渡リ、矢掛ニ至ル。初メテ逆旅ニ宿ル
と同じような内容で母に送っている。

菅茶山は、父頼春水や叔父の杏坪と親友であった。茶山と山陽との初対面は、天明八年六月。四十一歳の茶山が広島の父春水の家を訪ね、九歳の山陽にあった時である。山陽とはそれ以来の再会であった。
山陽を迎えた菅茶山、さらに耻庵の兄弟。さらに夜は月の宴となった。その中で酌み交わされる酒、弾む会話、遠く近く聞こえるカエルのなき声。そこに、門人の横笛。どんなにか楽しい一夜であったことか。
まさに「「この夜は月さへて景よし~雅興いはんかたなし」という文言に山陽の気持ちが込められている。

220年たった今、山陽が見たであろう景色、聞いたであろう音等をそのまま感じることのできた神辺・尾道・竹原は楽しい旅となった。